ゴスペルベンチャーインターナショナル教会 (GVIC) | September 2026
ゴスペルベンチャーインターナショナル教会 (GVIC) | 2026年のみ言葉
『わたしを呼べ。そうすれば、私はあなたに答え、あなたが知らない理解を超えた大いなることを、あなたに告げよう。』エレミヤ書33章3節

「飛脚」コラム | キム・明子
雅歌は「歌の中の歌」という意味のある書簡です。
私は起きて、私の愛する方のために戸を開けようとしました。私の手から没薬が滴り、私の指から没薬の液がかんぬきの取っ手に流れ落ちました。愛する方のために戸を開けると、愛する方は、背を向けて去って行きました。私は、あの方のことばで気を失うばかりでした。あの方を探しても、見つけることができませんでした。あの方を呼んでも、あの方は答えられませんでした。」雅歌5:5、6
雅歌は「歌の中の歌」という意味のある書簡です。花婿と花嫁の最高の愛の歌です。しかしここでは、愛する花婿を迎えようとしてためらった少しの時間に花婿が去って行ってしまうのです。花婿の手を見た花嫁は、起き上がり戸を開けようとします。そのおとめの両手からは没薬(ミルラ)が滴っています。
没薬(ミルラ)は「受難と死」の象徴で、手は、「働き」働く手、「祈りの手」としての象徴です。乙女が戸を開けようと決意した時、没薬(受難と死を象徴する)が彼女の手に滴ったのです。
それは、主の十字架を担う手としての油注ぎでした。彼女がかんぬきを取った瞬間、没薬が取っ手のところに滴り落ちました。かんぬきには主の香り、気配が残っているけれども。もうそこには誰もいません。愛しい人、花婿は去っていったのです。
乙女に残されたのは「ことば」でした。
「私は、あの方のことばで気を失うばかりでした。」雅歌5:6b
乙女に、愛しい人、花婿である主のことばだけが残されたのでした。皆さんはずっと長い間祈っている事がありますか?・・【つづきを読む】
GVIC – 9/06/2026 主日礼拝のオンライン配信
キム・明子師 「愛すること」ヨハネの福音書15章12-17節 | GVIC主日礼拝の模様を撮影したものです。
結婚パート1 | 大久保 満
私が妻ラニーと知り合ったのは、私たち夫婦が卒業したノーザンバブテスト神学校でした。彼女は、同校で学ぶ傍ら、学校事務室でも働いていました。彼女は、学生や訪問者への対応、また、学生寮や学生の授業のカリキュラム計画の手伝いなどをしていました。
一方、私は、同校で学ぶ傍ら、キャンパスメールのアルバイトをしていました。月曜日から金曜日まで数時間、学校事務室に来たメールを受け取り、メール室で仕分け、各部署に配るという仕事をしていました。
そんなある日、茶髪で眼鏡の笑顔が素敵な女性が受付に座っていたのです。(私の方が、先に入学し、仕事もしていました。)
テレビなどで観るドラマチックなものではありませんでしたが、彼女の笑顔には、どこか温かいものを感じました。何よりも、私が学校事務室用に持って来た郵便物の束を、私はピザに見立てて、そば屋の出前みたいに持ち、「Pizza Delivery!」という言う私のしょうもないギャグに冷たくあしらわず笑ってくれたのです。・・【つづきを読む】
どこでも口ずさめ、神の歌
【聖歌284番】主イエスをおもうとき | “Jesus, the Very Thought of Thee””
JESUS THE VERY THOUGHT OF THEE | THE LIVING STONES QUARTET
「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。」 (詩編 42:1、2)
この聖歌の歌詞は、歴史上、しばしば軽蔑を込めて「暗黒時代」と呼ばれる中世の盛期に誕生しました。この時代、教会における霊的・道徳的な闇は、これまでにないところまでにその深さを増していました。
およそ1,000年前、キリストによって建てあげられた機関のほぼすべては退廃・腐敗し、教会の主な指導者たちの道徳規範は、恥辱と不名誉という言葉に満ちたものになっていたのです。
しかし、そのような混乱の中で、神は信仰の篤い修道士の心を動かし、主に対する祈りの詞を書かせたのです。以来、この歌詞は、私たちが目にするあらゆる信仰詞の中で最高の詞のひとつに数えられてきました。・・【つづきを読む】
GVIC YouTube チャンネル
https://www.youtube.com/@GVIC_CA/




